初めての投稿になります。よろしくおねがいいたします。

私は自己肯定感が低いです。
何かにつけて人と自分を比べた考え方をしていることに気づきました。
「人は人、自分は自分」「自分と他人は違うんだから比べても意味がない」
どれだけ頭でわかっていても、癖のように考えてしまいます。
そんな考え方につかれました。自分で自分を愛して余裕のある人間になりたいです。
そのために、私の環境や状況をどのようにとらえたらいいのか、どのように考えたらいいのか、ヒントをいただきたいです。

<私の環境、状況>———-

「明日世界が滅びるとして、最後の時間を共に過ごす相手に私を選んでくれる人はいないだろう」
こんな考え方をよくします。要するに私は誰にとっての特別でもない、と思っています。
この「誰」の中に両親は含みません。
両親からの絶対的な愛情を私は確信しています。
ですが、親から愛情を注がれることは当たり前だとも思っています。
そうでない方がいらっしゃることは十分承知していますが、「私」には当たり前なのです。
なので、それ以外の誰かの特別になりたい。なれていない自分は空しい。そう感じています。

この感情に気づいたきっかけは、ある憧れの人への執着でした。
その方は前述の「明日世界が~」という私の嘆きに対して「俺の世界には必要だけどな、〇〇という存在が」と言ってくれた人でした。
今にして思えばその言葉に救われたと同時に「この人なら受け入れてくれるかも」という勝手な期待を抱いたのかもしれません。

その方と2人きりで話したり遊んだりできる時間が私には特別でうれしいものでした。
ただその方には、私より親しい人、懇意にしている人、付き合いの長い人がたくさんいます。
なので2人きり以外の場面では彼はほかの人と楽しそうに話しているし、行動を共にします。
そういうのを見て
「あの人には話しかけるのに何で私には話しかけてくれないの?」
「私にはこんな雑な対応するのに、あの人にはとても丁寧。大切にしてる」
そんなことばっかりです。
その方にも当然関わる相手を選ぶ権利があるし好みもある。
それは分かっているのにどうしても比べてしまうし、見えている「特別」になれていない自分がとても悔しい。
考え方は分かっているのに心に落とし込めていない、この状況が苦しいです。

また、自己肯定感が低い人は幼少期の環境に原因がある、というお話をよく見かけたので、自分の幼少期について考え分析してみました。
母が言うには、弟が生まれたころにいわゆる赤ちゃん返りをしたということでした。
全く自覚はないのですが、「母親を取られた」という気持ちが私に起こったのかもしれません。

小学生の頃は自分について回る弟を疎ましく感じていた部分がありました。
あまり努力しなくてもそれなりの結果が出せる私に対して、弟は小さいころあまり出来が良くありませんでした。
また、何かと家族に心配や迷惑をかけることがあり、私にとっては「信じられない」「なんでそうできる?」ということも多々ありました。

そんな弟も今では二児の父。初孫を前に両親はデレデレです。
さんざん迷惑をかけてきた弟が何のお咎めもなしで、今では一人前面しているのがどうにも受け入れきれないのです。
両親の中で子供は平等です。ですがその平等が納得できないと、心のどこかで思ってしまう。

<お聞きしたいこと>———-
自己肯定感が低いという一方で、私は弟に比べて自分のほうが優れていると考えている部分があります。
前述の憧れの方に対しても「あの人より私のほうが美人なのに」「あの人より私のほうがスタイルがいいのに」と、心のどこかで思っています。
やはり誰かと自分を比較しているのですが、比較したうえに相手を見下している節もあり、自己肯定感が高いのか低いのか自分がわからなくなってしまいました。

こういう悩みを抱えている時、「どういう考え方をしたらいいか」という論理?は理解しているつもりです。
ですがどうしてもそれを自分に浸透させることができない。
どうしたらそう言った考え方を身につけることができるのでしょうか。

長文になり、要点もうまく伝えられたかわかりませんが、アドバイスいただけますと幸いです。