根本先生、このような貴重な場をご提供いただきありがとうございました。
また、ご回答いただいた竹内えつこ様、サトヒ様、まみこ様、ありがとうございました。
おかげさまで、色々と考える事ができました。

1つ目の質問ではお三方にご回答頂きました。
2つ目の質問には竹内えつこ様にご回答頂きました。

いただいた回答を元に、
・自分が「余計なもの」を背負っている状態を認識できました。
・自分とは「合わない」タイプの人について考える事ができました。
・前担当カウンセラー(A氏)を「依存する側の気持ちが経験として理解でき、かつそれをカウンセラーとしての立場に活かせる貴重な人材」として扱っていたと強く認識しました。
・カウンセラーも一人の人間であり、情報処理のための「フィルター」を持っているので「カウンセラー」としてではなく「個人」として見る事が必要だと思いました。

前担当カウンセラーは自分で選んだのではなく先方の団体からマッチングされて決まったので、今後またカウンセリングを受けるとしたら、こちらのように始めにやり取りをして自分に合う人を自分で選ぶ事が大事だと思いました。

A氏との事を書かせてください。

当方が家族とのことで「自己受容もできていない人間(に当方は人は怖くない、仲間になろうと伝えようとしている大馬鹿者なのか)」と言った際に、A氏が「自分(A氏)だって自己受容できている[つもり]なだけの未熟者」とコメントしました。
それが普通のコメントではなく、後悔や痛みを伴う発言に思えたのでA氏に対し「(A氏が助けられたと思っている)B氏やC氏との関係に問題がないのなら自己受容できている[つもり]なだけの未熟者でも十分ではないのか。それに未熟者でなかったら他者の存在など必要なくなるのではないか」と伝えました。
それに対しA氏は「自分(A氏)が大地のカウンセリングを受けているような気持ちになれた」とコメントしました。

A氏とのやり取りは3ヶ月にも満たない物でしたが、おそらくこれをきっかけに執着・依存されたのではないかと当方は感じました。
その後もA氏自身の課題だと思われるものをコメントとして差し出される事がありました。
A氏の体験(依存的な性分)を聞き、それを当方が家族の問題と照らし合わせて考えるのに利用し、プロのカウンセラーでもそうならば家族が問題を解決するのに時間がかかったり失敗をするのも当然だと、そういう解釈をA氏に差し出す。
それによってA氏は自分がマイナスだと思っている過去の行動が無駄ではなく人の役に立っていると無意識に自己承認のために使ったのではないだろうかと思います。
当方が家族への接し方で「(買い物で)購入するかどうするか悩んでいたから本人が決めるまで影響を与えないようその場を離れた」とA氏に伝えた時は、「大地の態度から学ぶものがある。(だから自分はダメなんだと今本気で反省している)」とコメントがありました。
そちらに関しては当方が触れる課題ではないと思い何も言いませんでした。

そうやって、A氏は自分では気づかずに当方にA氏自身の課題を差し出していたように思います。
また、当方は物事をなるべく多面的に見るようにしており、その解釈を他人に差し出すことによって相手に救って欲しいと期待させていたのではないかと思います。

依存心が強い人が自分を守るためにどのように人を傷つけるのかもA氏に体験させて貰いました。
A氏の発言が理解出来なかった際に、当方は「自分のため」A氏は「相手のため」に行動していると思っている認識の違いからそれが生じていると思いました。
A氏が「相手のため」だと思う理由を当方が指摘したら、1回目の質問に書いたように当方が嫌がらせだと感じるコメントをもらいました。
普段は「相手のため」に「信じて見守る」という姿勢を取っていたのでとても驚き、こちらで質問させて頂きました。

A氏が当方の話を聞いても特定のことに関しては理解せず、現実とは全く異なる解釈をしていたことから「恐れ」が認知の歪みを起こし、それによって意思の疎通が難しくなる事も短期間のうちに何度も体験させて貰いました。
A氏とのやり取りを始めた当初、当方の状況を理解して貰えるまで10回のやりとりが必要でした。
それも、最終的にA氏に「こういう状況ですね?」と確認され「そのケースならこういう事になりますよね。違います、こうなんです」とA氏が思い込んだ状況を全否定して再度説明してやっとでした。

当方の家族が被害者意識に囚われておかしな要求があった時、当方は家族を被害者意識から解放するためには離れるしかないと思いました。
家族が隠していた本当の要求は、家族の問題を当方が解決する事でした。
そうやって被害者になって当方に問題を押し付けようとする、そのやり方を覚えさせ、その行いを許容したのは家族の原家族であると同時に当方だと思ったため離れようとしました。
その時A氏が、大地がいなくなったら家族はそれ以上成長する事はなくなる、と言いました。
その時は「罪悪感を煽る言い方だな」と思うに留めましたが。

2つ目の「課題の分離」についての質問をした頃に、上記のA氏の言葉をもし当方が「自分がいなくなったら家族がダメになる」と思ったら、よく聞く共依存の在り方そのものになるな、と思いました。

A氏に「課題の分離」を求められたのは以下のような流れでした。
家族と買い物に行った時の会話で、当方は家族に対して「他人から受ける影響(刺激)がそんなにあるのかな、かわいそうに」と思いました。
それはその場で思っただけで、当方の「勝手な想像」だと認識していたのでA氏に「当方が勝手な想像でかわいそうだと思った」と伝えました。
他の話もしていたので「家族がかわいそう」だと思った事を当方が自分の課題として扱うレベルだと解釈する事はないと思います。
A氏は、当方が[他人からの影響が、、、]と思った家族の言葉をリップサービスだと解釈しました。
それ以前にも当方が「恐れ」ゆえだと思った家族の行動を伝えた時に、A氏は愛情や思いやりからの行動だと解釈しました。
辛いことから目を逸らし否認する依存する側としての解釈のように思えました。

「課題の分離」を求められた時にそれはA氏自身が「かわいそうだと思われたくないがゆえ」の発言に思えました。
以前、A氏と当方の家族は生育環境が似ていて同じような性分だとA氏自身が言っていたのでA氏が自身と当方の家族を分けて考えられなくなっているのではないかと思いました。

A氏がもう一度考えて気づいて軌道修正できるように「当方が主観で「勝手に想像して」家族を「かわいそう」だと思うのは課題の分離に触れないという解釈だ」と伝えました。
それに対してA氏は、大地の考え行動共に一貫性があり、そういう考えだということに異論はない、ここまでくると人間論、哲学的な思想の分野に近い感じでそれぞれの考え方があって、立ち入る事ができない、とコメントがありました。
その発言を受け、A氏が「課題の分離の解釈として「思う」ことすら制限するのは人間論や哲学的な思想の分野なので、それを課題の分離だと捉えるのも、課題の分離には触れないと捉えるのもどちらもあり」だと述べているように感じました。

それを最後に、A氏とのやり取りは終えました。
当方にはA氏がカウンセラーとしての在り方ではなく、依存する側としての在り方を選んだように思えたからです。
カウンセラーとしての在り方を選んだなら、もっと違う最後があったと思いますが。
一ヶ月毎の契約で、期間は残り一週間ありました。
担当カウンセラーの変更を権利として申し出ました。
新しいカウンセラーが決まったら、A氏とのやり取りで疑問に思った事を聞き、当方が何をしてA氏に依存だと思える態度を取らせたのか、当方とは「あなたのため」という考えを持つ人は合わない事などを話したいと思っていました。
通常2〜3日で新しい担当が選ばれるはずでしたが、希望欄に「誰かをかわいそうだと[思う]事をやめて欲しい、課題の分離だ」と言われた事、それを解説できる人、と書いたためかそのまま期限が切れました。

2つ目の質問をこちらでさせて頂き、回答をいただくまで時間が空きました。
その間に色々と考えることができたので、それも当方には必要な時間だったと思います。

今の当方は以下のように考えています。

どのような立場で知識があろうとも心に強い傷があれば認知の歪みは生じ、自己防衛のために人を攻撃する事もある。
攻撃されたと感じた時は相手からの「もうこれ以上は苦しくて無理なんだ、距離をおきたいんだ」というSOSだと認識する。
依存を選ぶのは本人であり、その状態を許容する周りがいる限り、依存から脱しようと思うことは難しい。
自分と合わない人間はその状態を自ら選んでいるのだから、無理に自分に合わせようとしたり、相手に合わせようとすることはお互いにとって大きな苦痛を生じる。

当方がA氏との関係に拘っているように見えたのは、もともと家族との間の問題が共依存・依存だったからです。あとは知識が足りなくて困ることはあっても、知識があって困ることはないからです。
それがA氏との関係に大きくリンクしているように思えました。
そして、A氏ならば期間が短く距離がある分、考える材料として都合が良かったからです。
家族との間では距離が近すぎる分、見えにくくなるものがあります。
また、家族一人の事だけでは考えるためのサンプルとして数が少なすぎたため、他のサンプルが当方には必要でした。
最後にはA氏が当方には理解できない事を言い、それを当方が「A氏は依存する側としての在り方を選んだ」と感じ、A氏との関係を終了するところまでが当方がA氏に望んだ在り方だったのかもしれません。