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ココロノマルシェ Latest Articles

SNS等で足跡の踏み返しすらない

LGBTに関する内容を含みます。
不快に思う方もいらっしゃると思いますが、ご相談させてください。

出会い系アプリやSNSで、ステキだなと思う人から絡まれることもなく、それ以前に足跡すら返してもらえません。
絡んでくるのは、全くのタイプ外の人たちばかりです。
「絡んでもらえない」「足跡すら返してもらえない」というのは依存と頭ではわかりますが、以前、気になっていた人たち(50人以上)にアクションした結果、誰一人として反応がなく、かなり凹み、精神的に荒れ、怖くて自分からはいけなくなりました。

この現実に、俺は魅力がないんや、と惨めさ・悲しさを散々味わってきましたが、味わっているはずなのに感情は消えず、同じことをずっとくり返し続けています。
こんなことを軽く10年は取り組み、セミナーやセッションもいくつか受けてきましたが、変化を何も起こせていません。

LGBTというかGの世界は見た目至上主義的なところもあるので、体を鍛えればいいと頭ではわかりますが、幼少期から運動が苦手だったことや、自重トレ・水泳の習慣できかけると体を痛めたり、主に人間関係で落ちるできごとが起き、そのまま離脱するなど、続いたことがありません。
そもそも楽しいと思っていないし、モテたいという邪心からやっているだけで、苦痛でしかないです。

SNSでモデルみたいに自分の生活を晒してる人たちに、恐ろしいほど嫉妬しますが、とても彼らのような要素を自分が持っているとは思えません。
彼らのように、人を喜ばせられるものを持っていないし、それ以上に自分を磨く努力をしていません。
これは、幼少期に母を喜ばせられなかった、できが悪くて怒鳴られ殴られてばかりだった、なのに改善する努力を何もしてこなかった、と重なる気がします。

幼稚園に入るまでは大人たちから驚くほどチヤホヤされていましたが、幼稚園ぐらいからまわりから一切気にされず、ひとりで遊ぶか、遊んでも2~3人が多かったと思います。
幼少期から勉強も運動もまったくダメで、なんの特技もありませんでした。
あやとりや射撃という特技があるのび太の方がはるかに優秀だと思い、自分よりダメな奴は世界中のどこを探してもいないんじゃないか、と怯えていたことを思い出しました。
クラスカーストは常に下位で、高校時代はモテていたらしいですが実感はありません。
大学時代にゲイバーに行った時は、いつも隣の人に口説かれていましたが、その中にタイプの人はひとりもいませんでした。

パートナーは十数年いなくて、好きな人と付き合えたこともありません。
知り合いがいる程度で、休みはいつもひとりで過ごしていますし、地元に帰っても、会う人はいません。
好きなことも楽しいこともよくわからず、このまま何もなく死んでいくのだと思うと、むなしさしかありません。

リアルの世界ではステキだと思う人に出会うことはたまにありますが、パートナー持ちとか旅行者ばかりで、ワンナイトで終わります(パートナー持ちから「またやらせてね」て言われても、利用されているようにしか感じず、即切ります)。
シングルの人から「付き合って」と言われたこともありましたが、いっしょに過ごしている時、「なんでこの人、カッコ良くないんやろう」=「なんで俺はカッコイイ人とはいられないんやろう」と悲しくなり、そのまま会わなくなりました。
自分の写真を見た時、「なんで俺、カッコ良くないんやろう」と思い、落ち込む気持ちを外でやっているような感じです。

それから、俺は誰にも見てもらえない、(依存や利用はされても)誰かのいちばんになれない、そんな思いをずっと持っています。
母はいつも悲しみに暮れていて、怒鳴る、殴る、泣く、愚痴るばかりでした。
外では楽しい顔を見せていましたが、私といてその顔を見せたことはありませんでした(小学高学年の時に楽しそうな顔を見て、「どうしたの?」と聞いたら、「お前には関係ない!」と怒鳴られました)。
父はそんな母と違い、やさしくて遊んでくれる人でしたが、私が小学生になったあたりから無関心になり、どんどん八つ当たりをし、否定ばかりしてくるようになりました。
両親はケンカばかりで、小学高学年の時に離婚しました。

パートナーが長年できないことも悩みですが、足跡がないという現実が「相手にされない」という思いになり、それが「俺にはステキな人を喜ばせられる魅力がない」につながり、惨めで苦しいのだと思います。
身の程を知って、言い寄ってくれる人を受け入れられればきっと楽になるのだと思いますが、幼少期に大人たちにチヤホヤされたことや高校生の時はモテたらしいしカッコイイと言ってもらえたこと、ゲイバーでチヤホヤされたことがあるからか、どこか「こんなのおかしい!  俺だって本当は魅力があるはず!」と抵抗して、この現実を受け入れられません。
ステキな人に絡まれてみたいし、一方通行ではなく、仲良くなりたい、付き合いたいという思いが手放せません。
依存心なのか、親密感の恐れなのか、無価値観なのか、何が原因で、どうすれば現実を変えていけるのでしょうか。
楽になれるヒントなどをいただけますと、大変幸いです。
よろしくお願いいたします。

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2 Comments

  1. 元シンガポール在住なので「マーライオン」に反応しましたw
    ワタクシ、日韓ハーフで海外在住は15年目を迎えます。

    私たちって生きてるうちに、大人とか友達からまぁ色んな評価をされて大人になります。
    人生のうちで私たちが「そうなのか、それが私なのか」と採用しているものがゴマンとあります。
    それが真実であるか、そうでないかは関係なく、自然に脳内に入り込み「これが私である」と採用しているのです。


    https://ameblo.jp/kr-jp/entry-12795732506.html

  2. なぜか頼れるお父さんと言われる心理デザインカウンセラーの一水みゆきです。

    マーライオンさん、ご相談ありがとうございました。
    どうすれば現実を変えられるのか?という質問でしたね。

    事実を事実と捉えて、現実を受け入れるということは
    マーライオンさんがおっしゃっている身の程を知る。ということと
    少し違うかな、と私は思いました。

    まずはご自身の気持ちを否定せず、事実を認識して受け入れること。
    それからなぜこの強烈か観念(思い込み)が生まれたのか?

    「俺にはステキな人を喜ばせられる魅力がない」

    この言葉が全てを物語っていると思います。

    ↓回答はこちらから
    https://ichimiyu.com/cocoro-74/

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