はじめまして。
わたしは自分はどちらかというと、鈍感で霊感やシックスセンス的なものとは無縁と思ってきました。

でも、30代を境に主に恋愛面で、まるでサイキックのように自分が望んだことが現実化することがたび重なり、最初の頃は数年単位だったことが、数ヶ月、数日と、どんどんスパンも短くなり、最近では恐ろしくさえなっています。

また、自分の欲望が浅ましく感じてせっかく望んだようになっても、それを自らダメにしてしまっています。

はじまりは、仕事の悩みでした。
覚えが悪く、また常時緊張してるためミスが多発し、それにより過食や慢性的な顎関節、散財など生活が乱れに乱れ、それをカウンセリングなどで改善しようと、数度カウンセリングを受けたのですが、うまくいかず自分で本やネットでセルフカウンセリングをすることをあれこれ模索しました。
そうしてるうちに自分の欲求に気づきやすくなり、そしてそれは仕事で優秀になりたい、しっかりした人間になりたいという表層ではとても強い想いと裏腹に、「愛されるたい」「求められたい」「守られたい」というものでした。

そして現実がそれに呼応するように変わって行きました。
今まで見向きもされなかった壁の花どころか、石ころだった私を、こんな人に愛されたいと思うような男性達と知り合うごとに好意を向けられるようになったのです。

冒頭にも書きましたように、最初はかなりゆっくりの時差があり、気づかず、たまたまだと思いました。
でも、「これって以前明らかになった自分の本心の望みじゃないか」と思い至って、今度は実験的にもういちど自分の本心のを探り意識化しました。

そうしたら、ほどなくして現実化しました。
そんなことが数度繰り返されるうちに自分が薄気味悪く感じるようになりました。
スティーブン・キングのキャリーのように感じます。

今は望むことをやめて、自分の浅ましさをどうにかして消し去りたくて、執着の手放し方をあれこれと模索しています。

でも気を抜くと淋しさが身体を侵食して、前より激しく望んで自分がいます。

自分は鈍感だと思ってましたが、思い返したら、昔から内部感覚に敏感で美術の時間に少し集中して絵を描いただけで、賛美歌のようなものが聴こえたり、ヨガの体験レッスンで瞑想をしたらおでこのあたりに光が見えたり、他にも子供の頃に友達と遊んでいる最中にも自分にだけ聞こえる拍子にすべての音が合わさったりと、何か自分は少しでも内部の感覚に集中すると、危ういことになると、意識的に常に注意散漫にするようにして生きてきました。

だからハタから見るとadhdのように見えると思います。
部屋も乱雑です。
ですが、実は片付けも掃除を得意だし好きなのです。自分でもそれを忘れるくらい長らく注意散漫に生きてきましたが、上記の引き寄せのような感覚ど並行して部屋が整然としてきて、恐ろしくなり今また意識的に散らかしています。

散らかってるのは本当は気持ちが悪いのですが、このまま本当に意識がクリアになってしまうことのほうが怖いのです。

引き寄せはスピリチャル的な感じで、心理学とはまた違うと思いますが、潜在意識や深い願望と向き合う過程での、混乱や恐怖への対処法、受け入れ方を専門的に勉強され、臨床されてる方に相談したく失礼しました。